-あの夏の奥松島は-

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All photo; 2010 Okumatsushima MIYAGI



3月11日、自分は都内の自宅でその時を迎えました。
はじめの小さな横揺れに安心していたところ、どんどん揺れが強くなり
東京育ちの自分には経験したことのない凄まじい揺れになりました。

揺れが収まりテレビに目をやると震源地は東北
東京の震度5を越える震度7の表示。
その中でも宮城県塩釜は自分の大切な人のいる場所でした。
津波の情報に、彼女に電話をかけるも繋がらずに何もすることもできませんでした。

続々とテレビ画面に映し出される津波
無事を信じて連絡を待ち続けました。

翌朝12日、絶望的な被災地の光景。
情報が増え、彼女の職場(1Fに勤務)は2Fまで波が襲ったことが分かりました。
それでも避難している方がたくさんいるとのことで
無事を信じ、SNSサイトの多くの友人に協力をしてもらい彼女の行方を捜しました。
この時の心強さは忘れません。

13日、水が引いている快晴の現地の写真がアップされているのを見て安心するも
津波の傷跡の恐ろしい光景に息を呑みました。
夜が更けるにつれて、停電していた電気が回復したとのことで、
ネット上に現地の方からの無事との情報が溢れだしました。
眠れない夜を過ごしました。

14日、その建物の1Fにいた人は津波に流されたとの情報。
絶望感に浸りました。
いろいろなことが頭の中に溢れました。
想い出や後悔や彼女の思いやりや。

そんな中で飛び込んできた彼女が「無事」との情報。
こんな嬉しかったことはありません。


しかし手放しでは喜んでいられません。
まだまだ助けを求めている被災者はたくさんいるのです。

テレビには地獄のような光景が映し出されています。
自分が写真を撮影した場所も出てきました。
奥松島です。野蒜(のびる)海岸という海水浴場があります。
何もかもメチャクチャになっていました。

本当は美しい場所なのに。

宿泊していた民宿の心優しいおじいさん、おばあさんの行方が気がかりです。
テレビの映像では宿のあった場所は何もかも流されています。
おじいさんは自分の自転車を僕に貸してくれて、景色の綺麗な場所を親切に教えてくれました。
その時に撮影した被災前の奥松島写真を中心に載せました。

こんな時に、そんな写真を載せても仕方ないと
不愉快になられる方がいたらごめんなさい。

伝えたいのです。そこは地獄なんかじゃない。
こんなに綺麗な場所なんだ。これから取り戻すのだ。
希望を持つためにいまここに載せます。


一人でも多くの方の命が未来に繋がることを願って。

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